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真宗式の人形供養

少し旧聞に属しますが、3月27日「人形供養」に出勤してまいりました。

身近な供養という言葉に、先祖供養としての法事・お墓まいり、仏壇の開眼供養、他には水子供養・針供養・人形供養があります。
またテレビなどの影響なのか、霊の祟りが現れた心霊写真など、いかにも恐怖を誘うものに対して供養してもらわないと・・・と聞くことがよくありますね。
もともと供養とは「食物や衣服を仏(ほとけ)・法(仏の教え)・僧(仏の教えを修する人)の三宝にお供えすること」で、決して祟りを祓う、災いから逃れ、自分の身を守る為にする行為が供養ではなく、「仏法僧の三宝」として現されている真実の世界に対してなされるもので、本当に尊ぶ、大切にされる世界を見いだすことです。
それは自己中心にしていきているものが、自他平等のいのちを現す仏の世界に、誰もが共に生きる世界を見いだすことで、その喜びが供養の姿となるのではないでしょうか。

今年も「人形供養」は真宗的な意味を持たせたお別れとお礼の法要としてお勤めさせていただきました。

四苦八苦しながら日々を暮らす私たちの心支えであった人形、ずいぶんとお世話になったのではないでしょうか、そこに弥陀・釈迦をはじめ、十方の如来がたを奉請(ぶじょう)して仏事を営むことは、別れに際しての何よりの心づくしではないでしょうか。

念仏者は無碍(むげ)の一道なり『歎異抄』
「念仏者は天神・地祇(ちぎ)も敬伏(きょうぶく)し、魔界外道もさわりになることはない」
お念仏をよろこぶ人は、何者(恐れや祟りなど)からもさまたげられることはない、それは真実、絶対の大道だ、という親鸞聖人の力強いお言葉です。




by shojutemple | 2016-04-09 14:06 | Comments(0)