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「神戸事件を考える」

4月14日(日曜)第7回寺子屋セミナー当日は雨模様でしたが有縁の方々、多数ご参加いただきました。

講師さんは岡山からお越しいただきました衛藤廣隆様。
webサイト「神戸事件を考える」を運営しておられます。
事件概要は上記の「神戸事件を考える」をクリックしていただければ衛藤様のページに移ります。
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引き続き「深江塾」森口健一様には神戸事件を歴史小説風に語っていただきました。

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最後は参加された方々にも加わっていただき、質疑応答のお時間も少々・・
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明治新政府初の外交問題となった「神戸事件」は1868年2月4日、神戸三宮神社前において西宮に向かう備前藩の隊列を横切ったフランス人水平らを負傷させ、銃撃戦に発展した事件で、備前事件とも呼ばれている。
この事件により、一時期、外国軍が神戸中心部を占拠するにまで発展し、
対応を間違えれば1863年の「薩英戦争」と同じ結果に至ることになったかも知れません。「神戸事件」では備前藩家老 日置帯刀(へきたてわき)の家臣であった瀧 善三郎が切腹することで一応の解決をみた事件であった。

日置帯刀率いる備前藩480名(諸説あります)、
当時はまだ旅籠などなく多数の藩士の宿として寺院を借り上げられて分宿していた、その役目が正寿寺や近隣寺院であったことが判明している。
切腹を命じられた瀧 善三郎は 森村浄称寺から魚屋道を通って深江村正寿寺まで日置家家来によって護送され、そこから岡山本藩と池田伊勢配下の天城池田家来により兵庫永福寺にまで護送され、往生された。合掌





by shojutemple | 2019-04-30 23:19 | Comments(0)